2012年9月15日土曜日

句楽詩区 9月号
        




 
 
加藤 閑  「新涼」

さとう三千魚「はなとゆめ」5

古川ぼたる 「9月の家路」
      「転倒した声」
      「膝に蠅」



加藤 閑  新涼


シーソーの片側に居る暑さかな

宅配の宛名をなぞる糸とんぼ

みな胸が薄くなりつつある晩夏

宵闇に祭ただよふ川向かふ

新涼や劇場の椅子やはらかき

分度器が坂道を指す野分後

園丁が空気を燃やす秋初め

どんぐりの声響かせる木靴かな

満月を携えて行く里帰り

初秋の豊後水道波匂ふ



さとう三千魚  「はなとゆめ」05
凍結

羈鳥恋旧林
池魚思故淵

虫の声が、虫たちの声が地上を埋めてます
虫の声が、虫たちの声が地上を埋めてます

姉は太ってしまった
姉は太ってしまった

あんなにやせっぽちだったわたしの姉は太ってしまった
あんなにやせっぽちだったわたしの姉は太ってしまった

太ってしまったわたしの姉が母のベットの横の蒲団に休んでいます
あんなにやせっぽちだった姉が太ってしまったわたしの姉が
母のベットの横の蒲団に休んでいます

姉のあとを小走りに追ったのでした
姉のあとを子どものわたしは小走りに追ったのでした

ベットから母は
白い朝顔の花のように静かにわたしを見上げて
ゆったりと咲いた白い朝顔の花のように静かにわたしを見上げて
そして笑いました
動かない顔を歪めて笑いました

虫の声が、虫たちの声が地上を埋めてます
虫の声が、虫たちの声が地上を埋めてます
姉のあとを小走りに追ったのでした
姉のあとを子どものわたしは小走りに追ったのでした
ポッ ポッ ポッポッとモニタリングの定期的な音が宇宙からとどきます
血中酸素濃度と脈拍数は常にモニタリングされています

そして笑いました
動かない顔を歪めて笑いました
雲ばかり見上げている子どものだったわたしを母は見上げて
雲ばかり見上げている子どものだったわたしを母は見上げて
そして笑いました
そして笑いました

ああ、もう、鳥がないています
ああ、もう、宇宙には鳥がないています



古川ぼたる  9月の家路

駅を降りるとたちまち
歩いていくきみに聞こえてくる
やかましいほどの虫の鳴き声

刈り取られた田んぼは
少し広々として見え
二羽の白鷺が眺めている夕暮れ

そんなふうに取り巻いているものがあり
そんなふうに取り巻かれている
いつもがある

いつものことがいつものようにあることに
ものたらないものを感じているのも
いつものことである

いつものことがいつものように続き
この世界を失ってしまうまでに
どんな災難が待ち受けているかしれないのに

まだ時間があるから
いつものようにではない日々を
生きてみたいと思っている

それはどういう時間
それはどういう日々
それはどんな生き方

なんでも自分の身に引き寄せてみなくてはすまない
思い込みばかり
背負いこんだ

きみに見えるのは
甲高く虫が鳴く一面の藁や草むら
明かりをつけ始めた家々

もう星が瞬き
きみの視線のはるかかなた
暗くなった空に消えてゆく飛行機の灯火

一羽が飛び立つと
つられてもう一羽が飛び立つ
残ったもう一羽は飛べない鳥の影

きっとねぐらに帰っていって
汚れた羽根を清める
細く長いくちばしは祈り

二羽の白鷺が夜空を引き裂く爆音に耐えて眠るころ
きみもねぐらに帰り着き
初老の尻をイスに乗せる

テレビニュースを見ながら
自分の怠惰を責め
後ろめたい晩酌

冷えた発泡酒の刺激がたまらない喉
臆病だから生きながらえてきたのはほんとうで
まぼろしで満たされる胃袋をもてなかった

そんなきみの幸福を
ものたらないと思うのはどうしてなのか
それがわからなければ入れてくれない

それがわかれば
ほんとうのことがわかるというまちに
虫や鳥たちをつれて探しに行ったのだったが
 
転倒した声

あーー、と絞り出したその声
現実にもどるには声しかないから
これは夢なんだと経験してたから
逃げ込んだところが袋小路
恥ずかしいけど、もしや先生が褒めてくれたらなんて
小学生らしく道徳的に作ったのは
心は正しい自然の力によって平等に生かされている、と
詩の海ではきれいにしなくちゃって
そんなみじめな夏休みも

どれだけ良かったことかと後悔したのよ
ぐちゃぐちゃ砂が体中にへばりついて、家で遊んでいたほうが
こんな汚い所で命が誕生したなんてとても考えられない
飲んでしまった海水はしょっぱくて、苦くて、気持が悪くて
太平洋の水は砂混じりに黄色く
着いた海岸はイモ洗い海岸
兄妹4人は乗り物酔いでゲーゲー
クーラーなんて付いてない車に
しばらくぶりの叔父さんの車に乗せられて
初めて行った海水浴
だから今年と同じ猛暑の夏に

みんながみんな違った詩をもっている、と
声や形が違うように
全ての生き物の心は
詩は書かれるべきだ
生きとし生けるもの全ての生き物によって
六年二組の担任の先生は言う
夏休みの思い出を詩にする国語の時間
丸太でつっかえ棒をした木造の小学校
ビルの5階にある筈の詩の学校は嘘で

詩の学校に行くなんて嘘じゃないかと
夢の中でオレの跡をつけて行ったそうだ
うなされていたカミさんは
明け方、「あーー」、と
 
膝に蠅

「愛」とゆう店の名灯る残暑哉

斎場に導く灯火秋立ちぬ

少年の口のピアスや夜の秋

祖父母父母精霊蝗虫の背の子哉

染め残る君の根元の今朝の秋

通勤の歩幅に戻る朝の秋

虫時雨どこかで髪を焼く匂い

思い出し笑い路肩に韮の花

約束の木々へとつくつく法師哉

サンバイザー目深に過ぎぬさるすべり

どこが好きなぜ好き君の膝に蠅

蠅は好き匂える暗所を持てる君

喉元のボタンをはめぬ花すすき

空ばかり向いてるヘクソカズラ哉

一帯は虫時雨なり家路なり