2012年6月15日金曜日

句楽詩区 6月号
 
さとう三千魚・・・はなとゆめ 02 野外
加藤 閑  ・・・鴇巣立つ
古川ぼたる ・・・6月の兆し
          密告

「はなとゆめ」  02  さとう三千魚
野外
カタバミの花、咲いた
カタバミの花、咲いたの
きみの居ない庭のアマリリスの鉢から
咲いた
咲いたの
カタバミの花、咲いた
咲いたの
細い茎の先の
先に、むらさき色の花ひらいて
むらさき色の小さな花ひらいて
ひとつふたつみっつ
ひらいて
居ないきみの庭のアマリリスの鉢から
きみの居ない庭の隅の片隅のアマリリスの鉢から
モコが庭の隅で吠えてる
モコが庭の片隅で吠えてる
ウォン
ウォン
ウォンウォーーン  モコが吠えてる
居ないきみの庭の隅の片隅  モコが吠えてる
モコがウォンウォーーン  吠えてる
居ないの
きみはもう居ないの
きみはもう遠くへ行ってしまったの
カタバミの花、咲いたの
カタバミの花、咲いたの
カタバミの花、咲いたの
カタバミの花、咲いたの
むらさき色の小さな花ひらいて
消えていくものは消えていったの
細い茎の先の先のむらさき色の花ひらいて
細い茎の先の先に小さなむらさき色の花ひらいて
より先なるものと
より先なるものとなってきみは消えていったの
消えていくきみが、いたの
消えていくきみが、いたの
いくつも、消えていく、きみが、いた
いくつもいくつも、消えていく、きみが、いたの
消えていくきみを、しずかに、ささえていた
消えていくきみを、しずかに、ささえていたかったの
消えていくものは消えていったの
消えていくものは野外に消えていったの

鴇巣立つ 加藤閑

老いし吾を旅人にする青田風
ぼうふらの水に山々映りたり
少年の犬歯を伸ばす五月闇
図書館の黴浮く栞書簡集
剃刀に繁れる草木五月ゆく
あの世でもわが家と同じ豆御飯
にんげんを越境する日の燕かな
命日に五彩の夕立屋根洗ふ
黄泉の戸はこの裏側と鴇巣立つ
青簾ひなたをあゆむ仏かな



古川ぼたる  6月の兆し

冬の終わりの
強風に洗われて
空は真っ青な午後
隣で畑を作っていたお婆さんは
遺体を焼かれた
焼却炉から出てきた時はまだ熱かったが
もう元には戻らない
焼け残った骨を拾われたが
取り返しのつかないものに変わり果てていた

84年の季節を生きて
84年の時間を受け止めてきた
お婆さんの肉体は
川が決壊するように
時間が流れ出し
とうとう押し止めることができずに
もう一度話し出す間もなく火をつけられ
もう一度動き出す間もなく燃やされた

水仙が花を終え
畑の花も変わり
一人暮らしだったお婆さんが
腰を折り曲げて植えたジャガイモは今
葉影に眠っている蝶が
人知れず微笑むように
花を咲かせている
畑の隅では紫陽花の蕾がほどけて
いくつもの花々が膨らむ

やがて口という口が濡れる雨の季節に
雨の合間の晴れた日にはジャガイモを掘り
受け止めてきた時間を掘り出して
蒸かして食べた
やわらかな記憶は
うまいね
目を細めて
うまいねうまいね

6月の空に間もなく梅雨が来て
抱えきれない空が決壊すると
生殖に忙しい地上に
大量に降り注ぐ
空の兆を映して
地上は色を変え
溢れ出した時間でいっぱいになる


密告

勢いを籠めるくさめや散る桜
浮鳥の夢の褥や花筏
メドゥサの潜める夜の雪柳
法悦の花弁の上の青ガエル
田に水やぬるりと我を迎えたり
野ネズミの故郷青田に奪われぬ
麦秋やわれ密告を思い立つ
静寂を背に新緑の伝道師
牛ガエル疑う余地の無かりけり
五月尽電柱囲むランドセル
会釈してすれ違いたり夏ミカン
ドクダミや白き微笑を返しけり
入梅雨や吾も去年の花の種
置き去りのビニール傘や葛の蔓
厚き手の中に枇杷の実熟るる哉
梅雨寒や鍋釜薬缶妻恋し
目覚めても爪切る音の続きたり
暗向の血は滔滔とヤブカラシ
ノロイアルフエキリュウコウキューリキル
短夜や単身赴任の抱き枕