2012年5月15日火曜日

句楽詩区 5月号

加藤 閑・・・「春惜しむ」
さとう三千魚・・・「はなとゆめ01
古川ぼたる・・・「五月」「華甲なり」



春惜しむ         加藤 閑


雪渓に影似せて行くテロリスト
春の波砂の城まで届かざり
おほかたは紀州の人ぞ花見舟
屋根屋根の瓦かがやく猫の恋
死者未だ新樹の影に佇めり
表札の隅に錆浮く春の暮
歯に残るセロリの苦さ夏来たる
お日様を盥に混ぜて春惜しむ
陽炎を踏む靴紐の長さかな
けふ一日わが心臓であるトマト



「はなとゆめ」  01   さとう三千魚


うその暮らし


きみはねむってるの
きみはいきをしているの
きみはいきているの

きみは
どこいったの

きみのやわらかい笑顔はどこにいったの
きみのあのかなしい瞳はどこにいったの
きみのあのおかしいあくびはどこにいったの

ちかくでみているの
ちかくからみているの

きみはあらゆる動性をゆっくりと停滞させて
ゆっくりとゆっくりと停滞させて
そしていなくなった

山百合の匂いを残してきみはいなくなった

山の斜面には白い道があった
霧がながれてきて
このままだと死ぬんだとおもった
でももういいんだともおもった

きみはだからもういい
きみはだからもういい

きみはあらゆる動性をゆっくりと停滞させてそしていなくなった
きみはあらゆる動性をゆっくりと停滞させてそしていなくなった

きみはねむっているの
きみはいきをしているの
きみはいきているの

きみは
どこいったの

きみは真顔でじっとこちらをみていた
きみは草木の精霊となって透明なからだでベッドに横たわり
それからきみはゆっくりと浮遊して真顔でじっとこちらをみていた




五月           古川ぼたる

満開に咲いていた桜が散り
満開に咲いていた菜の花が散り始め
いま満開に咲いている花ミズキ

散っていった桜
桜よりも前に散っていったサザンカ
少し遅れて散っていった白木蓮

胡桃の花が咲き
あやめが花を咲かせ
散っていく五月

いろんな草や木が
一斉に芽吹いて
耀く五月

美しい五月
いつもこんなにも美しかった五月
けれど美しいと言えなかった五月

五月がこんなにきれいなのは
いつもこんなにきれいだった五月を
ただきれいと言えばよかっただけなのに


華甲なり          古川ぼたる

(華の字を分解すると六つの十と一とになる。甲は甲子の意味)数え年61歳。
                           ・・・・広辞苑より

冬薔薇ほの紅に火照りたり
唐突に悔いよみがえる霜柱
追い越して行くマフラーの熱さかな
抱けそうな距離に佐保姫野の炎
メロス待つセリヌンティウス春隣り
早春の走れメロスを送ります
カーブ切るときめき春の手中なり
鬼頭良く洗いて熱き珈琲入れん
あつき口うすき口へと水温む
少年の茎甘かりし麦の笛
少年の夢精のように華甲なり
春雨や猫は腋毛を舐めている
宿世への小さき扉紋白蝶
やわらかきなのあらがいのなのなかへ
春愁や上り電車の通過です
揚げ雲雀月末多忙となりにけり
お花見をしましょ銀河に腰掛けて
大風が春列島を独裁す
ブロンズの乳首なき乳冴え返る
ふらここに幼き父母を乗せにけり
叱られし烏のおわす選外句
木蓮の含羞白き中也かな
一卵を分けし朝飯霞たり
信仰がほしい朝なり牛蛙
行春やほろ酔いの宵神楽坂
幾何学が好きで生るるや蚊喰鳥
ほどけそむアヤメの綾の妖しかり